伝送線路を評価する場合に考慮すべきことと解析例です.そもそも特性インピーダンスが定義できる線路なのか?純粋なTEM線路か?準TEM線路か?単一伝搬モードか?それともマルチモードの伝搬を考慮すべきか?断面が一様か?それとも左手系線路やツイスト差動線路のように不均一な断面か?それぞれの条件に適したモデルの作り方や結果の評価法を説明します

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TEM伝送線路の解析の前に検討すべきこと

TEM伝送線路の解析の前に右の文書を熟読してください. そして,次の3点を考慮してください.

  1. 特性インピーダンスが定義できるか?
  2. Pure-TEM線路かQuasi-TEM線路か
  3. シングルモードかマルチモードか
  4. シングルモードの場合は断面が一様か,波長よりずっと短い周期で変化するか

特性インピーダンスが定義できるか

波長よりはるかに小さな断面が 波長に対して無視できない長さに渡って一様な線路に対してのみ特性インピーダンスが定義できます. 例えば1.6mm厚のFR4基板を使ったマイクロストリップ線路で, 3mmの線路幅は10GHzでも1/4波長になり断面の大きさが波長に対して無視できません から,特性インピーダンスについての議論はあまり意味がありません. 5GHzなら1/8波長ですから特性インピーダンスの概念を使用できます.

Pure-TEM線路かQuasi-TEM線路か

損失が非常に小さく,均一な誘電体や磁性体で満たされた線路がPure-TEM線路です. (日本語では純TEM,準TEMと書くことがあります.発音が同じで紛らわしいので, ここでは純をPure,準をQuasiと書くことにします.) 伝送線路に関する理論のほとんどがPure-TEM線路についてのものです. Pure-TEM線路の特性インピーダンスは周波数に依存しません. 線路の断面の長さよりずっと長い波長の特定の周波数で解析すれば十分です.

現実の線路のほとんどがQuasi-TEM線路です.Pure-TEM線路の理論を厳密には適用できません. Quasi-TEM線路の特性インピーダンスは緩やかな周波数特性を持ちます. 線路の断面の長さよりずっと長い波長の範囲で周波数特性を解析 する必要があります.

シングルモードかマルチモードか

ほとんどの線路はシングルモードです. 次の場合はマルチモードです.

差動線路でも差動信号だけを扱うならシングルモードの解析モデルを作ってください.同様にコプレーナ線路でコプレーナモードの伝搬を扱うならシングルモードと見なしてください.
差動線路をコモンモードが伝搬することが様々な問題を引き起こすように, コプレーナ線路でスロットモードの伝搬が起こっていれば, そもそもその事自体が問題です. マルチモードの解析を考える前に不要モード伝搬を無くす検討をしてください.

マルチモードでは線路の入出力にポートを配置した多ポートモデルを解析し 解析結果は N-Coupled line modelで評価します.

シングルモードの場合は断面が一様か,波長よりずっと短い周期で変化するか

殆どの場合はシングルモードで断面は一様です. この場合線路の片側だけにポートを配置した1ポートモデルで,非常に短い線路モデルを解析し,解析結果の複素Erや複素Zoをemgraphで直接プロットして評価することができます. この方法は解析が速いし操作も楽で,精度も良いです. ただし線路モデルが短いので,違和感を感じる方が多いです. どうしても嫌なら次の2ポートモデルを解析して複素Erや複素Zoをemgraphで直接プロットすることもできます.

シングルモードで断面構造が波長よりずっと短い周期で変化する線路ならば, 1/4波長より短い線路の入出力にポートを配置した2ポートモデルで 線路長あたりの伝搬定数をemgraphでプロットすることができます. この方法は1ポートモデルに比べて解析時間が長いし,emgraphのユーザー定義関数を使うので無料版ではできないかもしれません.

Pure-TEM線路の例

このモデルはPure-TEM線路の一例です. 右図の様に上下対称な構造です.
シングルモードで断面が一様なQuasi-TEM線路の場合と同じく 線路の片側だけにポートを配置した1ポートモデルで,非常に短い線路モデルを解析すれば十分です. Pure-TEM線路では特定の周波数で解析すれば十分ですが, 右の例では10MHzから10GHzの広い範囲で解析し 特性インピーダンスの周波数特性をプロットしています. 特性インピーダンスは広い範囲で一定ですが, 10GHz付近ではもはやこの線路はTEM線路でなくなりつつあり, 特性インピーダンスの定義が揺らいでいることを示しています.

Quasi-TEM線路,シングルモード,一様断面の例

Quasi-TEM線路の特徴

図のモデルはQuasi-TEM線路の一例で, いわゆるマイクロストリップ線路です. Pure-TEM線路の特性インピーダンスは周波数に依存しませんが, Quasi-TEM線路の特性インピーダンスは緩やかな周波数特性を持ちます.

Pure-TEM線路と同じくTEM線路でなくなりつつある周波数領域では 特性インピーダンスの定義が曖昧で, 表示される特性インピーダンスは大幅に変化します.

一般的なモデル

このモデルは 一般的におすすめできるモデルです. SonnetLiteで一瞬で解析できます.

右のような一般的なパラメータだけを与えています.


右のグラフは1GHzでの解析結果です. このモデルでは導体の厚さが特性インピーダンスに与える影響すら再現していません.導体厚さをt,線路幅をWとすると導体厚さを考慮した実効幅は概ねWe=W+tです.


厳密なモデル

このモデルSonnetLiteでも開くことができますが,変更や再解析には 製品版が必要です.

右のように導体を二枚重ねにして導体厚さの影響を再現しています.


導体の裏と表,グランド導体にはそれぞれ別の導体モデルを使用しています. また,誘電体の物性が基板に垂直な方向と平行な方向で異なることも再現します.

このモデルの解析結果は上記の一般的なモデルの結果と大差ありません. このような厳密なモデルは,細い導体パターンが,導体厚さに比べて無視できないほどの距離に接近している場合に必要になります.


線路の片側だけにポートを配置した1ポートモデルの解析結果の表示

Sonnetのグラフ表示はデフォルトではSパラメータを表示します. 線路の特性インピーダンスを知りたい場合はemgraphのメニューで [Curve]-[Edit Curve Group...]で開くダイアログの [y-axis measurements]フレームの中で [Port Z0]や[Port Eeff]を 選びます.これはSonnetのモデルのポート面での 特性インピーダンスと実効誘電率です.


Sonnetが出力する 特性インピーダンスと実効誘電率は複素数です. Er(eff)の実数部と虚数部が判れば,右の式から伝搬定数γを知ることができます.

しかし,残念ながらSonnetのグラフ表示機能だけを使ってこの計算やγをプロットすることができません. 伝搬定数をSonnetのグラフ表示機能でプロットするには 線路の入出力にポートを配置した2ポートモデルの解析が必要です.


Quasi-TEM線路,シングルモード,不均一断面の例

コプレーナ線路両側のグランド導体を接地するViaが線路に接近して配置された線路 直列キャパシタと並列インダクタを使って負の位相定数を実現する線路
右の図は不均一断面の線路の典型的な例で, 波長よりずっと短い周期で線路の断面構造が変化しています. この変化を含んだ線路としての評価には 1/4波長より短い線路の入出力にポートを配置した2ポートモデルが 必要です.

ツイストされた差動線路の例

このモデルは,差動線路のバランスを改善するために線路をツイストした例です. 線路は基板の表面に露出していて,電界が基板中と,空気中の両方に分布するので Quasi-TEM線路です. このモデルでは入力側にポート[1]と[-1]を,出力側にポート[2],[-2]を設定して差動信号だけを解析するのでシングルモードです.

グラフの青いトレースは,emgraphの[Port Eeff]で,ポート断面の構造だけから計算した実効誘電率です.赤いトレースは2ポートモデルの4端子パラメータから逆算して求めた実効誘電率です. ツイスト構造では,電流が一直線に流れず伝搬速度が遅くなるので,4端子パラメータから逆算した実効誘電率は基板の誘電率より大きくなります.

この2ポートモデルの4端子パラメータから逆算して求めた実効誘電率をグラフにプロットするには少し工夫が必要ですし,SonnetLiteではできません. SI分野への応用では,このプロットよりも SPICEとインターフェースできるデータが必要な場合が多いでしょう. その場合は次の"伝搬定数のプロット"を飛ばして "Quasi-TEM線路,マルチモードの例" に進んでください.

伝搬定数のプロット

4端子パラメータと伝搬定数の関係

2ポートモデルの4端子パラメータから伝搬定数γを逆算するには 例えば右の式を使います.γ,Z11,Z21は複素数なので実際の計算は少し面倒です.

ユーザー定義関数

このファイル eqn_gamma_gk.sqn には右の式のγpの実部と虚部が定義されています. SonnetのEmgraphの[Equation]-[Manage Equations...]で開くダイアログの [Add...]ボタンでこのファイル eqn_gamma_gk.sqn を読み込ませればEmgraphでγpの実部αpと虚部βpをそれぞれプロットできるようになります.

伝搬定数の表現や単位の変換

γp,αp,βpはそれぞれ解析モデルの長さあたりの定数です. 一般にγ,α,βは単位長当たりの定数で表すことが多いので 必要に応じて右の式の様にモデルの長さlを乗じてください.

理論的にはα(Np/m),β(rad/m)で表現することが多いのですが, 実用的な単位長あたりの減衰α(db/m)や, 実効比誘電率に直すには右の式を使ってください. 右の式で cは光速度です.


面倒なら

以上の操作は面倒で,多少の慣れとSonnet製品版が必要です. 伝搬定数を直接必要としない方は次の "Quasi-TEM線路,マルチモードの例"の方が実用的でしょう.
伝搬定数を直接必要とする方は Sonnetを使ったCRLH線路の解析の "付録A Sonnet Emgraphのユーザー定義関数へのβpの定義" も参照してください.そちらでは位相定数βpをSパラメータから変換しています.

Quasi-TEM線路,マルチモードの例

N-coupled line model

Sonnetは,伝送線路の解析結果から SPICEとインターフェースできるパラメータを抽出する "N-coupled line model"という機能があります. この機能はSonnet Liteでも使えるし, Quasi-TEM線路でもPure-TEM線路でも, シングルモードでもマルチモードでも, 断面が一様でも不均一でも 使用できます. 弱点は,TEM線路で無くなるような周波数領域でも低い周波数と同じ挙動を示してしまうことと,グラフにプロットできないことです.

N-coupled line model機能を使うには, 解析モデルの線路の入出力全てに右図のようにポートを配置してください. 右図では4本の線路があって[1]と[5],[2]と[6]が直流的に繋がっていることに注意してください. N-coupled line model機能を使うには,ポートをこの図のように配置する必要があります.

このモデルは上のツイストされた差動線路の モデルを "N-coupled line model"用にポート番号を直したモデルです. 解析後にデフォルト設定のままグラフを表示しメニューから [Output]-[N-coupled line model]を選んでください. 例えば ofslin_n_param1.dat というファイルが出力されます. このファイルはCadence社のSpectreで直接読むことができますが, それ以外のSPICEではそれぞれに編集が必要になるかもしれません.

直接SPICEに読み込むことができなくても, テキストファイルなので適当なエディタで開くと 中身を見ることができ,非常に多くの情報が得られます. 例えば

↓行頭が;ならコメント文でSPICEからは無視される
; -----------------------------------------------------------
; Computation Frequency: 0.0225 GHz.←この周波数での情報 
; 
;  Matrix values extracted from structure of length 54.0 mm.←解析した線路の長さ
; 
;  Z0 Matrix Eigenvectors:
;  0.70972266179 0.00000000000 0.70874505416 0.00000000000
;  0.70448096522 5.59453839e-4 -0.7054646934 1.20572346e-4
; 
↓考えうる全ての伝搬モードの複素特性インピーダンス
;  Z0 Matrix Eigenvalues (ohms):
;  131.895165732 -0.5529737332 41.5959388181 -0.8303571075
	↑差動モードでは132Ω,コモンモードでは42Ω
; 
;  Gamma Matrix Eigenvectors:
;  0.71177814061 0.00000000000 0.69589511437 -1.2214185e-4
;  -0.7024038695 -8.2619438e-4 0.71814342222 0.00000000000
; 
↓考えうる全ての伝搬モードの複素伝搬定数
;  Gamma Matrix Eigenvalues:
;  0.04096372385 1.15272498486 0.01646956306 0.85929699480
; 
;  Electrical Length of Lines for Each Mode (relative to lambda):
;  0.00990694149 0.00738511367
; 
;  Guided Wavelength of Each Mode (mm):
;  5450.72362419 7312.00661141
; 
↓考えうる全ての伝搬モードの複素実効比誘電率
;  Effective Relative Permittivity for Each Mode:
;  5.96786864857 0.42468973574 3.31927819010 0.12728346781
↑差動モードの実効比誘電率は6,コモンモードは3.3
; 
上の記述の中から必要なパラメータを各周波数について読み取るのは面倒です. しかし,Quasi-TEM線路では周波数特性は緩やかなので代表的な周波数だけ読み取れば,その線路の属性を十分把握できます.